工藤ちか子の blog

看護師として働いた25年の経験を生かして誰もが自分らしく暮らせる社会を目指します。

沖縄平和ツアーその4(高江の森へ)

ツアー2日目は高江の森(やんばるの森)の監視小屋(ブロッコリー小屋)宿泊するのですが、その前に沖縄の最北端、辺戸岬にある祖国復帰闘争の碑を見学しました。沖縄の西海岸を北へバスで約2時間。

祖国復帰闘争の碑(HPから)と辺戸岬

石碑の後ろに与論島がかすかに見えるそうですが、お天気が悪く見えませんでした。28度線の海上では、本土復帰を先に果たした与論島の島民は今度は沖縄だと沖縄返還の旗を掲げたり、岬では与論島の島民が辺戸岬の焚き火に応えるように焚き火を燃やし、連帯を確かめ合ったそうです。その9年後沖縄復帰が果たされましたが、闘争の碑の下にかかげてある碑文は返還の喜びとは全く違うものでした。

<祖国復帰闘争碑> 後半

1972年5月15日沖縄の祖国復帰は実現した

しかし県民の平和への願いは叶えられず

日米国家権力の恣意のまま軍事強化に逆用された

しかるが故にこの碑は

喜びを表明するためのものではなく

まして勝利を記念するためにあるのでもない

闘いを振り返り大衆が信じ合い

自らの力を確かめ合い決意を新たにし合うためにこそあり

人類の永遠に生存し

生きとし生けるものが自然の摂理の下に

生きながらえ得るために警鐘を鳴らさんとしてある

 

う〜む。昨今の日米軍事同盟の強化、安倍政権の負の遺産「台湾有事」とウクライナ情勢を受けて改憲や敵基地能力の保有を肯定する流れにある中で「沖縄がまた戦場に」と報道されている現状を顧みれば、この碑文にあるように私たちの島がまた戦場になるという警告のように聞こえてきます。沖縄県民の不屈に学ばなければいけない。思い浮かんだのは今は亡き翁長元県知事が言った「勝つためには諦めないこと」という言葉でした。

住民の運動は続いています。

8年前に高江に来た時は「高江にヘリパッド建設反対」の監視小屋がありましたが、今は監視小屋は撤収してブロッコリーハウス(ここでも監視は続いているようです)という宿泊施設があります。

すでにヘリパッドが設置されているにもかかわらず新たに6ヶ所(すでに建設)

上図のように高江を取り囲むようにヘリパットが建設され、住民は爆音・低周波・振動などで子どもたちを避難させなければならない事態(2016年6月)を生んでいます。

2017年7月26日に奄美・沖縄北部(やんばるの森など)がきわめて貴重な生物や生態系を有していると、世界自然遺産に登録されています。そのやんばるの森にヘリパット(弾薬や燃料などが無造作においてある)があっていいのか?政府の環境庁では相手にならない、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産委員会にやんばるの森の惨状を理解してもらうしか道はないのか?闘いは続く。